王勇 - パートナー、弁護士、弁理士

 

    専利保護客体とは、専利法が意図する保護範囲に該当する、専利保護を受けることができる発明創造を指し、すなわち特許適格性を有する発明創造を指す。

 

    専利保護を取得できるいずれの発明創造も、専利法に規定される専利保護客体に該当することを前提とするものである。法律で規定される保護客体に該当しない発明創造は、専利適格性を有さず、その後の審査手続きに入ることができず、専利権を取得することができない。保護客体の審査に合格した発明創造のみが、その後「新規性、進歩性、実用性」などの規定に関する審査を受け、専利権を付与するための他の条件を満たしているかどうかをさらに判断することができる。

 

    中国は、専利法の保護客体を、積極的な概念的定義と消極的な排除規定という2つの方法で限定している。

    

『中華人民共和国専利法』(以下、専利法という)の第2条は、専利権を付与できる保護客体として、発明、実用新案、意匠の3種類をそれぞれ定義し、即ち、

    

    発明とは、製品、方法又はその改善に対して行われる新たな技術方案を指す。

    

    実用新案とは、製品の形状、構造又はそれらの組合せに対して行われる、実用に適した新たな技術方案を指す。

    

    意匠とは、製品の全体又は一部の形状、模様又はそれらの組合せ並びに色彩と形状、模様の組合せに対して行われる、優れた美観に富み、かつ工業上の応用に適した新たなデザインを指す。

 

    一方、専利法には、国や公衆の利益を考慮して、専利の保護範囲に関する制限規定、すなわち排除規定も設けられている。専利法第5条では、法律、社会倫理に違反し、又は公共の利益を害する発明創造には専利権を付与せず、法律、行政法規の規定に違反して遺伝資源を取得又は利用し、そして該遺伝資源に依存して完成した発明創造には専利権を付与しないと規定しており、さらに専利法第25条には専利権が付与されない客体の6つの具体的な状況が規定されている。

 

    同時に、2021年に改訂された専利法第20条において「専利出願及び専利権の行使は、信義誠実の原則に従わなければならない。専利権は、公共の利益又は他人の合法的権益を害するために乱用してはならない」という信義誠実の原則が導入された。これに対応して、2023年に改訂された実施細則第11条では、信義誠実の原則に違反する発明創造は、専利保護を受けられる客体から除外されると規定している。

 

    したがって、2021年の改訂専利法と2023年の改訂実施細則に基づき、2023年末に公示された審査指南(以下、新指南という)は、2021年の審査指南(以下、旧指南という)に比べ、上記専利法をどのように適用するかについて保護客体関連の規定に対し改訂がなされた。以下は、新審査指南を参考し、保護客体に関する規定への理解、および適用の方法を説明する。

 

1.専利法第2条第2項について

 

    旧指南では、専利法第2条第2項に規定される技術方案を「解決しようとする技術的課題に対してとられた自然法則を利用した技術的手段の集合であり、技術的手段は通常、技術的特徴によって具体化される」、及び「自然法則に適合する技術的効果を得るために技術的手段を用いずに技術的課題を解決する解決策は、専利法第2条第2項に規定される保護客体にはならない」と定義している。また、「匂いや音、光、電気、磁気、波などの信号やエネルギーも専利法第2条第2項に規定される保護客体に該当しない」が、「その性質を利用して技術的課題を解決する」発明創造は除くと列挙している。

    新指南と旧指南における技術方案に関する規定は、基本的に同一である。

 

2.専利法第5条第1項について

 

    専利法第5条第1項では、法律、社会倫理に違反し、又は公共の利益を害する発明創造に対しては、専利権を付与しないと定められている。

 

新指南及び旧指南では、上記法律は「全国人民代表大会又は全国人民代表大会常務委員会が立法手続きに基づいて制定・公布した法律」を指し、行政法規や規則は含まれないと定めている。発明創造が法律に違反した場合には、専利権を付与することができない。

 

    旧指南では、法律に違反する発明創造の例として「賭博に使用される機器、機械又は道具」などが具体的に挙げられていたが、具体的な法的根拠は明確になっていなかった。専利法第5条の審査をさらに標準化するために、新指南では、上記具体例に挙げられた行為によって違反される法律として、例えば「『中華人民共和国刑法』、『中華人民共和国治安管理処罰法』、『中華人民共和国中国人民銀行法』及び『中華人民共和国票据法』」を含むと具体的に明確化している。

 

    なお、新指南では、「文化財偽造用設備」については、関係法律に「文化財を偽造する」行為自体に対した明示的な規定がないことから、法律に違反する発明創造としての例示から文化財偽造用設備が削除された。文化財を複製・模倣する行為自体は、法律によって明示的に禁止されておらず、複製・模倣した文化財を利用して詐欺などの不適切な行為を実施した場合にのみ、『中華人民共和国刑法』『中華人民共和国治安管理処罰法』などの法律の規定に抵触する可能性があり、また、審査実務において、文化財を偽造する設備と文化財を複製・模倣する設備は、実質的に区別しにくいため、新指南では「偽造文化財」の例が削除され、記述がより厳密になった。

 

    社会倫理に違反する発明創造について、旧指南においての「例えば、暴力・虐殺または淫猥な図や写真を伴う意匠」を「例えば、暴力・虐殺または淫猥な内容を伴う製品又は方法」に変更し、それにより、客体除外となるものをデザインや写真に限定されず、あらゆる技術方案に及ぶようにした。

 

    新指南では、公共の利益を害する発明創造に関しての規定がさらに洗練され、例が示されている。例えば、「政党の象徴および標識」に関わる発明創造は公共の利益を害するものであり、専利権を付与できないと明確にした。ただし、「国家の重大な経済的行事、文化的行事」に関わる発明創造は保護客体から完全に排除されるわけではなく、該発明創造の実施や使用が社会に及ぼす危害や影響の程度が、公共の利益を害する程度に達しているかどうかを考慮する必要があり、「公共の利益を害する」程度に達してしまうと、専利権を付与することができなくなる。

 

    注意すべきは、発明創造が法律に違反していないが、それが乱用されて法律に違反している場合、例えば医療用の各種毒薬、麻酔品、鎮静剤、覚醒剤、娯楽用の駒、カードなどは、特許保護客体から排除される。専利法第5条に規定する法律に違反する発明創造には、その実施のみが法律で禁止されている発明創造は含まれない。つまり、発明創造の製品の生産、販売又は使用だけが法律で制限される或いは規制される場合、該製品自体とその製造方法は、法律に違反した発明創造に該当しない。また、発明創造が濫用により公共利益を害するおそれがある場合、若しくは積極的な効果を生じると共に、ある種の欠点ももつ発明創造、例えば人体に対してある種の副作用を持つ薬品については、「公共の利益を害する」ことを理由に専利権の付与を拒否することができない。その点では、新指南と旧指南の規定は基本的に同一である。

 

3.専利法第5条第2項について

 

    専利法第5条第2項によれば、法律、行政法規の規定に違反して遺伝資源を取得又は利用し、そして該遺伝資源に依存して完成された発明創造に対しては、専利権を付与しない。

 

    新たに改訂された実施細則第29条第1項には、「遺伝資源」の概念を、「人体、動物、植物又は微生物などの遺伝的機能単位を含み、実際又は潜在的な価値を有する材料」から、「そのような材料を用いて生み出される遺伝情報」まで拡大した。それに応じて、新指南では「遺伝資源」の定義を「人体、動物、植物、微生物などの遺伝的機能単位を含み、実際又は潜在的な価値を有する材料、及びそのような材料を用いて生み出される遺伝情報を指す」と適応的に改訂された。「発明創造が遺伝資源の遺伝機能を利用する」という解釈には、「遺伝的機能単位で生み出した遺伝情報を分析、利用する」ことが追加され、そして、「発明創造が遺伝資源の遺伝機能を利用することは、遺伝的機能単位を分離、分析、処理、又は遺伝的機能単位で生み出した遺伝情報に対して分析と利用などを行い、発明創造を完成させ、その遺伝資源の価値を実現することを指す」という規定と例が追加された。

 

    さらに、生物安全法及び人類遺伝資源管理条例の規定を履行するため、新指南では「法律、行政法規の規定に違反して遺伝資源を取得又は利用することは、遺伝資源の取得又は利用が法律、行政法規の禁止性規定に違反するか、中国の関連法律、行政法規の規定に従って事前に関連行政管理部門の承認又は関連権利者の許可を得ていないことを指す。例えば、『中華人民共和国牧畜法』及び『中華人民共和国禽畜遺伝資源の出入国と対外協力研究利用に対する審査承認方法』の規定に従って、中国禽畜遺伝資源保護名鑑に掲載された禽畜遺伝資源を国外に輸出するには、関連する審査承認手続きを行う必要がある。ある発明創造の完成が中国から海外に輸出した中国禽畜遺伝資源保護名鑑にある禽畜遺伝資源に依存するにも関らず、審査承認手続きを行っていない場合、該発明創造に専利権を付与することはできない。また例えば、『中華人民共和国生物安全法』及び『中華人民共和国ヒト遺伝資源管理条例』の規定に従って、中国のヒト遺伝資源情報を外国組織に提供又は使用させる場合は、国務院科学技術行政部門に事前に報告し、情報のバックアップを提出しなければならず、中国の公衆の健康、国家安全、社会公共利益に影響を与える可能性がある場合は、さらに安全審査を通過しなければならない。ある発明創造の完成が外国組織に提供された中国のヒト遺伝資源情報に依存するにも関らず、関連手続きを履行していない場合、該発明創造に専利権を付与することはできない」(太字斜体部分は新指南で追加された内容)と定めている

 

4.専利法第25条について

 

    専利法第25条では、以下のように明確に保護客体に該当しない発明創造を具体的に列挙している。(1)科学的発見、(2)知的活動の規則及び方法、(3)疾患の診断及び治療方法、(4)動物と植物の品種、(5)原子核変換法及び原子核変換法により得られる物質、(6)平面印刷物の図案、色彩又は両者の結合に対して作られた主に標識の役割を果たす設計、ただし、(4)に列挙される製品の製造方法を除く。

 

    専利法第25条の具体的な適用については、新指南においても基本的に変更はが、現在、知的活動の規則や方法に関する発明創造の多くは、コンピュータ機器やコンピュータプログラムを用いて実施されており、明らかに技術的手段を採用していないか、自然法則を利用していない出願数は少数を占める。したがって、審査実務において、知的活動の規則や方法に関連する発明創造は、通常、技術的特徴と、知的活動や商業活動のルールや方法との両方を含むコンピュータやコンピュータプログラムに関し、その保護客体の審査には一定の特殊性があり、中国国家知識産権局は、新指南の第2部分第9章(「コンピュータプログラムに関する発明専利出願の審査に関するいくつかの規定」)において特別な規定を設けているが、ここでは割愛する。

 

    同時に、新しい技術の開発に適応し、業界からの要請に応えるために、新指南では、主に以下を含む疾患に関連する診断方法の規制について下記のいくつかの重要な修正を加えている。

 

1)旧指南では、専利権が認められない例として、血圧測定法、脈拍診断法、足部診断法、X線診断法、超音波診断法、胃腸造影診断法、内視鏡診断法、同位体トレーサー画像診断法、赤外光非破壊診断法、疾患リスク評価法、疾患治療効果予測法、遺伝子スクリーニング診断法等の方法が挙げられている。しかし、新指南では「血圧測定法」が削除された。つまり、新指南の規定によれば、血圧測定法に関する発明創造は、専利権を付与できる保護客体となる。

 

    上記改訂を行った理由は、知能モニタリング機器の発展に伴い、血圧測定の目的がますます多様化しており、ますます多くの血圧測定に関する専利出願の直接な目的は疾患の診断結果や健康状況を得ることではなく、中間結果情報を得るだけであり、疾患を診断するための用途を満たさず、例えば安全保護の提供、フィットネス方案又は睡眠品質の改善などであり、このような専利出願は、「疾患の診断結果や健康状況を得ることを直接目的とする」という条件を満たしておらず、血圧測定法は、疾患診断方法の典型的な状況ではなくなっているからである。ただし、その他の例について、疾患の診断方法に該当するか否かを判断する場合には、依然として以下の2つの条件を同時に満たす必要がある:1)生命のある人体又は動物体を対象とする、(2)疾患の診断結果又は健康状況を得ることを直接な目的とする。

 

2)「全ての工程をコンピュータなどの装置により実施する情報処理方法」は、診断方法に該当しないと明確にした。

 

    新指南の診断方法に該当しない発明に関する規定には、「全ての工程をコンピュータなどの装置により実施する情報処理方法」も明確に含まれている。これは、ビッグデータ、人工知能、遺伝子技術などの技術の発展に伴い、医療分野において、コンピュータなどの情報処理機能を有する装置を採用して診断に関わる情報処理方法を実施することが一般的になっているからである。その目的は、一般的に、コンピュータの高速の計算能力、記憶能力及びネットワーク通信能力を利用し、情報処理の精度と効率を向上させ、情報を識別、保存、送信し、コンピュータなどの装置又はシステムによって提供される結果は、単なる確率値であり、又は「可能性」と称され、通常、医師が疾患を正確に診断し、治療計画を立てるための参考としてのみ使用できる。今回の改訂では、「全ての工程をコンピュータなどの装置により実施する情報処理方法」を疾患の診断方法と直接認定しないことを明らかにしており、これは科学技術の進歩や経済社会の発展のニーズに適応し、近年の革新主体のニーズに応え、このような革新に対する保護を強化することになる。

 

5.信義誠実の原則の適用について

 

    長期にわたって存在してきた大量の非正常出願の問題を根本的に解決するために、2021年に改訂された専利法では、第20条に「専利出願と専利権の行使は信義誠実の原則に従わなければならない」という規定が新たに追加され、それに応じて、新たな実施細則第11条では、各種の専利出願の提出は真実の発明創造活動を基礎としなければならず、虚偽を弄してはならないとさらに規定されている。このため、新指南第2部分第1章に、第5節「専利法実施細則第11条に基づく審査」が新たに追加され、発明専利出願が専利法実施細則第11条の規定に適合しているかどうかの審査及び『専利出願行為を規範化する規定』の審査の必要性が定められている。該『専利出願行為を規範化する規定』は、2023年12月21日に国家知識産権局令第77号として公布され、2024年1月20日から施行された。該規定では、異常な専利出願行為として、(1)提出された複数の専利出願の発明創造内容が明らかに同一であるか、又は異なる発明創造特徴、要素の簡単な組み合わせによって形成されたものである場合、(2)提出された専利出願に、発明の内容、実験データ又は技術的効果の作成、偽造、変造、又は既存技術又は既存設計の盗用、簡単な置換、寄せ集めなどの類似状況が存在する場合、(3)提出された専利出願の発明創造内容が主としてコンピュータ技術を利用してランダムに生成されたものである場合、(4)提出された専利出願の発明創造が明らかに技術の改良、設計の常識に反しているか、又は保護範囲を劣化、蓄積、もしくは不必要に狭めているものである場合、(5)出願人は、実際的な開発活動なしに多数の専利出願を提出し、合理的に説明できない場合、(6)特定の組織、個人、又は住所に関連付けられる複数の専利出願が悪意をもって分散、順次、又は提出先を変えて提出されている場合、(7)不正な目的で、専利出願権を譲渡、譲り受け、又は、発明者、設計者を虚偽で変更した場合、(8)信義誠実の原則に違反し、専利業務の正常な秩序を乱すその他の異常な専利出願行為が列挙される。

 

    すなわち、新指南の規定によれば、実体審査手続きにおいて、発明専利出願が専利法実施細則第11条の規定に適合しているかどうかについて審査を行わなければならず、『専利出願行為を規範化する規定』が適用される。審査を結果、出願が専利法実施細則第11条の規定に適合しない場合には、その出願は拒絶される。新指南の第2部分第8章第4.7節では、審査中に該条項を適用する場合、「証拠又は十分な理由がなければならない」としており、「十分な理由」の前に「証拠」を置いたことは、立証優先の原則を体現しており、該条項の濫用を避けるためである。

 

    なお、専利保護客体に関する規定において、信義誠実の原則で異常出願の専利保護を除外することに加え、新指南では、全面的な規制システムを形成し、専利審査の各段階において誠実信用法律条項の効果的な実施と執行の確保するために、発明、実用新案及び意匠の3種類の専利出願の予備審査範囲、再審査及び無効宣告手続き、専利権評価報告書の作成などの関連規定に、専利法実施細則第11条の審査要件を追加した、。

 

 

 

 

 

 

著者紹介:

    王勇。1991年に上海華東師範大学のコンピューターサイエンス学部を卒業し、1994年に中国科学院計算技術研究所で修士号を取得し、2005年に中国人民大学で法学の修士号を取得した。1994年から2006年まで中国特許代理(香港)有限公司で弁理士として勤務し、2007年に、北京泛華偉業知識産権代理有限公司にシニアパートナーとして入社した。

 

    中華全国弁理士協会の会員、中華人民共和国弁理士協会・電子情報技術専門委員会の会員、国際ライセンス協会(LES)中国支部の会員、国際知的財産保護協会(AIPPI)中国支部の会員、国際知的財産弁護士連盟(FICPI)中国支部の会員である。中華全国弁理士協会弁理士研修講師である。

 

    事業分野は、主にコンピュータハードウェア、コンピュータソフトウェア、通信技術、半導体デバイス及び製造工程、オートマチックコントロール、家電製品等の分野に関する。長年にわたり、知的財産保護に関するコンサルティング、代理業務に従事し、国内外の出願人からの数千件の専利出願を代理し、専利出願書類の作成、審査意見への応答、専利出願の復審、専利無効審判、専利行政訴訟、侵害訴訟、集積回路レイアウトの保護及びコンピュータソフトウェアの保護等の面で豊富な経験を持っている。経験豊富な弁護士・弁理士として、世界中の有名な多国籍企業が関わる数十件の専利案件で指導者と主任弁護士として、訴訟に参加した。

 

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