パートナー 弁護士・弁理士 王勇

 

   2023年10月7日、中国最高人民法院(以下、最高院という)は、(2022)最高法知民終1584号判決を出し、広東ギャランツ電子レンジ電気製造有限公司(以下、ギャランツ社という)と中山市美格電子技術有限公司(以下、美格社という)の発明専利権侵害案件に対する判決を変更し、広州知的財産法院(2020)粤73知民初2237号民事判決を取り消した。美格社に対し、名称が「マグネトロン上部カバーをリベット留めするためのリベットカバー金型」であり、専利番号が201510373341.8であるギャランツ社の発明専利を侵害しているリベットカバー金型の製造、使用を直ちに停止し、使用中及び在庫のリベットカバー金型を破壊し、さらにギャランツ社に対して1000万元の経済的損失と20万元の合理的な権利保護費を補償するよう判決した。

 

   本件の判決が社会的に広く注目され、話題になっている原因は、賠償額が1000万元と比較的高額だったことに加え、本件が今年の4月26日(2023年世界知的財産権デー)に、最高人民法院知的財産法庭によって公開開廷して審理する際、最高人民法院は中国中央ラジオテレビ局の「Law Online」番組、China Media Group Mobile、AAuto Quickerなどのメディアプラットフォームと連携して全般に亘り生放送を行い、広範な社会的影響と反応を引き起こしたことにもある。

 

   最高院の判決では、均等侵害原則に基づき、本件においてこの原則をどのように活用するかについて詳しく説明され、一審法院の非侵害判決を覆した。筆者は、本件が均等侵害の判断に関する最高院の最新の見解をある程度代表しており、強力な例示的な効果を発揮していると考えている。以下、この判決と合わせながら、本件の審理過程を分析し、この判決における均等原則の適用と制限について紹介する。

 

   案件の基本的な事実と審理過程についての簡単な紹介

    

   マグネトロン製品において、マグネトロン上部カバーはマイクロ波の漏洩を防ぐ重要な部品としてシェルとしっかりと結合して密閉チャンバを形成できるかどうかは、マグネトロンの効率及び安全性に重要な影響を与える。ギャランツ社が保有する201510373341.8号の発明専利(以下、関連専利という)は、簡単な構造、良好なリベット留めの効果で、マグネトロン上部カバーのリベット留めが難しいという問題を解決した。

 

   ギャランツ社は複数のオンラインショッピングプラットフォームであるブランドの電子レンジを購入したが、それに使用されているマグネトロンはすべて美格社製だった。ギャランツ社は、美格社が許可を得ずに関連専利権を侵害しているリベットカバー金型を大量に製造、使用してマグネトロンを製造していると考え、広州知的財産法院に訴訟を起こし、美格社に対して侵害を訴えられたリベットカバー金型の製造、使用を即時に中止し、使用中及び在庫の侵害製品を破壊し、侵害製品を製造するための専用設備と金型を破壊し、1000万元の経済的損失と20万元の合理な権利保護費用を補償するという判決を求めた。一審法院は審理により、侵害を訴えられた製品で使用された技術案は、関連専利の保護範囲に含まれず、美格社がギャランツ社の関連専利権を侵害していないと考え、ギャランツ社の訴訟請求をすべて棄却するとの判決を下した。ギャランツ社は一審判決を不服として最高人民法院に上訴した。

 

   本件の一審と二審において、美格社が製造、使用するリベットカバー金型が、関連専利の請求項に記載する技術的特徴と同一又は均等であるかどうかは、本件の争点の鍵だった。この問題について、両方は白熱した議論を交わし、審理過程は紆余曲折に満ちたものだった。本件の審理過程では、具体的な技術的事実の分析と対比が行われ、本稿の焦点が不必要にぼやけることを避けるために、筆者は、技術案を含め、一審と二審で両方が確認した事実を繰り返すことはしない。

 

   本件において、ギャランツ社は、関連専利の請求項1と2に関わる権利の保護を主張し、争点となっている技術的特徴は、関連専利の請求項1における「アングルアーム(4)とサイドアーム(5)の頂部はそれぞれ伝動ロッド(3)を介して動力工装に連結されている」と「上部動力工装(1)は伝達ロッド(3)を介してアングルアーム(4)に伝動連結され、下部動力工装(2)は伝達ロッド(3)を介してサイドアーム(5)に伝動連結されている」(以下、「伝達ロッドに関連する特徴」という)である。上記争点の技術的特徴について、ギャランツ社は、侵害を訴えられた技術案は、伝動ロッドに関連する技術的特徴と均等の技術的特徴を有するため、関連専利権の保護範囲に含まれると主張した。美格社は、侵害を訴えられた製品には伝動ロッドがなく、各部品と伝動ロッドとの連結関係と位置関係も存在せず、両者の態様は異なり、効果も異なり、等価な手段の置換ではないと主張した。

   以下、本件における専利権侵害判定に係わる原則と規定、特に均等侵害に関する原則と規定について、一審と二審の審理過程と合わせて解説する。

 

1.    包括的原則と均等原則

 

   専利法第59条第1項に、「発明又は実用新案の専利権の保護範囲は、請求項の記載に基づくものとし、明細書及び図面は、請求項の内容を説明するために使用することができる」と規定されている(本件に適用される2008年に改正された専利法)。「専利権侵害紛争事件の審理における法律の応用に関するいくつかの問題に関する最高人民法院の解釈」の第2条には、「人民法院は、請求項の記載に基づき、当業者が明細書及び図面を読んだ上での理解と合わせ、専利法第59条第1項に規定される請求項の内容を確定する」と規定されている。第7条には、「侵害を訴えられた技術案が専利権の保護範囲に含まれるかどうかを判定する場合、人民法院は権利者が主張する請求項に記載されたすべての技術的特徴を審査しなければならない。侵害を訴えられた技術案には請求項に記載されたすべての技術的特徴と同一又は均等の技術的特徴が含まれる場合、人民法院は、それが専利権の保護範囲内に含まれると判定しなければならない。侵害を訴えられた技術案の技術的特徴が、請求項に記載されたすべての技術的特徴に比べ、請求項に記載された1つ以上の技術的特徴が欠落している場合、又は1つ以上の技術的特徴が同じでもなく均等でもない場合、人民法院は専利権の保護範囲に含まれないと判定しなければならない」と規定される。

 

   上記法条及び司法解釈は、専利権侵害を判定する際の包括的原則と均等原則の法的根拠である。

 

   包括的原則と均等原則は、専利権侵害を判定する際の2つの最も重要な原則である。司法実務において、専利権侵害を判定する際には、まず包括的原則を使用し、関連専利と侵害を訴えられた製品との技術的特徴を一つ一つ比較しなければならない。両者が1対1に対応し、しかも対応する技術的特徴がまったく同じである場合、侵害を訴えられた技術案が専利の保護範囲に含まれると判断できる。侵害を訴えられた技術案のある技術的特徴が、専利の対応する技術的特徴と異なるが、基本的に同じ手段を採用し、基本的に同じ機能を実現し、基本的に同じ効果を達成し、しもか当業者が創造的作業を行わずにもそれを思いつくことができる場合、この技術的特徴は、専利の対応する技術的特徴と均等である。これが均等原則である。

 

   最高人民法院の解釈と司法実務の案例によれば、基本的に同じ手段とは、侵害を訴えられた行為が発生した際に、専利が属する技術分野における通常の代替手段又は作動原理が基本的に同じ手段を指し、基本的に同じ機能とは、侵害を訴えられた技術案における代替手段の役割が、専利の対応する技術的特徴の役割と基本的に同じであることを指し、基本的に同じ効果とは、侵害を訴えられた技術案における代替手段が達成した技術的効果が、請求項の対応する技術的特徴の技術的効果と実質的に異ならないことを指す。

 

   均等侵害原則の立法意図は、公平性・合理性原則に基づいて専利の保護範囲を確定することにより、専利の保護範囲が請求項の文言、内容によって決定される範囲に限定されず、請求項に記載する技術的特徴と均等の特徴によって決定される範囲も含ませるためである。

 

   本件において、一審法院は、包括的原則に基づき、侵害を訴えられた製品及びギャランツ社が主張する請求項の特徴を一つ一つ比較し、請求項1における伝動ロッドは独立した伝動構造であり、動力工装とアームを連結するためのものであるが、侵害を訴えられた技術案は独立した伝達ロッド構造を持たず、その動力工装はアーム上部の内円弧構造に直接当接しているため、請求項1における伝動ロッドに関連する連結関係と位置関係がなく、同じ技術的特徴を有するわけではないと判断した。同時に、一審法院は、この専利の審理過程と合わせ、伝動ロッドに関連する構造的特徴がこの専利の請求項1に対する権利付与に必要な技術的特徴であり、発明ポイントの特徴であると考えた。同報告書はさらに、以下のように指摘する。専利法は創造的貢献を保護するものであるため、均等侵害の判断は発明の創造的貢献の保護を反映し、専利権者が得られた保護がその技術的貢献と一致することを保証すべきであり、そして一般的には、侵害を訴えられた技術案が発明ポイントの特徴を使用している場合、残りの非発明ポイントの特徴は均等について寛容に判断されてもよく、関連専利の創造的貢献の保護が強化される。一方、侵害を訴えられた技術案が発明ポイントの特徴と異なる場合、侵害を訴えられた技術案が関連専利に対して一定の創造的貢献を有することを意味し、この発明ポイントの特徴が均等であるかどうかを厳密に判断すべきである。以上の理由から、一審法院は、テコの原理を実現するための具体的なトルク変更方案、即ち伝達ロッドとそれに関連する連結構造が当該専利の請求項1に対する権利付与にとって必要な技術的特徴であり、発明ポイントの特徴に属する一方、侵害を訴えられた技術案では、アーム上部に内円弧構造が設置されたトルク変更方案を採用して関連専利の発明ポイントの特徴を使用していないと考えた。そのため、一審法院は、侵害を訴えられた技術案が最終的に上部カバーをリベット留めするという結果を達成したことについて均等とは認定せず、技術的手段の違いが技術案に及ぼす影響を強調している。

 

   発明ポイントと均等原則の適用に関する一審法院の見解に関し、最高院は二審判決で直ちに返答し、関連専利の発明ポイントに関する一審法院の認定を訂正すると同時に、必要な技術的特徴と発明ポイントとの関係について、「必要な技術的特徴には、最も近い従来技術と共通の特徴もあれば、それとは区別される技術的特徴も含まれる。それらの必要な技術的特徴の組み合わせが背景技術と区別されるための方案となる。一方、技術的貢献を反映する発明ポイントは、通常、発明又は実用新案の技術的課題を解決する1つ以上の特徴を指し、必要な技術的特徴は発明ポイントと一定の関係があるが、これを発明ポイントの特徴と必ずしもみなすことはできない」と述べた。しかし、最高院は、本件で発明ポイントの決定が均等原則の適用にどのような影響を与えるか、いわゆる発明ポイントの特徴を区別して扱うべきかどうかについては、これ以上議論しなかった。本件の判決において、最高院は、「カム構造とリンク構造は、機械設計の分野において通常の伝動構造であり、カム構造はハイペア伝動構造に属する一方、リンク構造はローペア伝動構造に属し、ローペアをハイペアに置き換えることもハイペアをローペアに置き換えることも機械設計の分野において通常で等価な置き換え方法である」と確認した上で、「侵害を訴えられた製品は関連専利と基本的に同じ手段によって基本的に同じ機能を実現し、即ち両方とも動力工装の動きに従って同時にアングルアームとサイドアームの頂部を径方向外側に揺動させることができ、基本的に同じ効果を達成し、即ち単純な構造でマグネトロン上部カバーの四辺と四隅を同時にリベット留めする効果を実現する」と確認し、又それによって「侵害を訴えられた技術案は訴争の技術的特徴と均等の技術的特徴を有する」と確認した。

 

2.    発明ポイントと均等原則

 

   均等原則を適用して侵害を訴えられた技術案を判断する際創造性要素を考慮する傾向について、一審法院の見解に根拠がないわけではなく、司法実務においてこのような傾向を示す案件もある。例えば、淄博諾奥化学工業有限公司と南京栄欣化学工業有限公司との間の発明専利権侵害をめぐる紛争事件(山東省高等人民法院(2012)魯民三終字第87号)において、法院は、「専利権侵害の比較を行う際には、専利の創造性を反映した技術的特徴について均等の原則をより慎重に適用する必要がある。専利の創造性が高い技術的特徴に均等原則を適用すると、専利の保護範囲が不当に拡大されることになるためである」と指摘する。別の例として、杭州永創智能設備株式会社と台州旭田包装機械有限公司との間の実用新案専利権侵害をめぐる紛争事件(浙江省高等人民法院(2017)浙民終160号)において、法院も、「専利権保護の範囲と強度は、革新性と貢献の程度に応じて調和されるべきであり、技術的特徴と専利の発明ポイントとの関係も考慮されるべきである…侵害を訴えられた製品に、関連専利が主要な技術的欠陥を克服するために採用された技術的特徴を備えられているような状況では、関連専利の真の革新点を保護するために、侵害を訴えられた製品に明細書に記載された他の技術的欠陥が存在しても、均等原則に基づく確認を妨げることはない」と指摘する。別の例として、メデラー(広州)キャンディ有限公司と深セン市エイムズキャンディ有限公司との間の専利権侵害をめぐる紛争事件(広東省高等人民法院(2017)粤民終2294/2295/2296号)において、法院は、「侵害を訴えられた技術案と関連専利の請求項の技術的特徴が同一又は均等であるかどうかを判断するには、まず請求項の技術的特徴の意味を判断する必要がある。その際、関連専利によって実際に解決された技術的課題、即ち発明ポイントが考慮されるべきである…発明ポイントによって、発明創造は従来技術と比較して新規性と創造性を有し、発明創造が専利権を付与され得る根拠と根本的な原因となるため、発明ポイントの技術的特徴の意味を確認する際には、権利者の貢献を超える保護を与えないように発明ポイントの精神を逸脱してはならない。それに応じて、請求項における「非発明ポイント」の技術的特徴については、その意味を判断する際に比較的緩やかな解釈方法を採用し、明細書の内容全般を通じて権利者が使用する関連表現の真の意図を理解すべきである。その意味が不当に制限されて発明創造を保護できなくなり、実質的な公平性と専利法の立法意図に反してしまうことを避けるべきである」と指摘する。

 

   北京市高等法院が公布した「専利権侵害判定ガイド(2017)」の第55条には、「請求項と侵害を訴えられた技術案との間に、複数の均等の特徴が存在し、これらの複数の均等の特徴を重ね合わせることにより、侵害を訴えられた技術案が請求項の技術的構想と異なる技術案を形成した場合、又は侵害を訴えられた技術案が予期せぬ技術的効果を達成したる場合、一般的に、それが均等侵害を構成すると判断するのは適切ではない」とされ、さらに第60条には、「発明の請求項における非発明ポイントの技術的特徴、補正によって形成された技術的特徴又は実用新案の請求項における技術的特徴について、専利の出願、補正の際に代替的技術的特徴の存在を専利権者が明確に知っていたか、又は十分に予見可能であったのにそれを専利の保護範囲に含めなかった場合、侵害の判定において、権利者が均等の特徴を構成することを理由に、この代替的技術案を専利権の保護範囲に含めることを主張しても、認められない」としている。明らかに、北京市高等法院と一部の地方法院は、本件の一審法院と類似の見解を示している。

 

   上記実務及びガイドとは対照的に、発明ポイントと非発明ポイントを区別すべきではないと強調する案件もある。例えば、温州銭峰科技有限公司と温州寧泰機械有限公司との間の発明専利権をめぐる紛争事件((2017)最高法民申2073号)において、最高院は、「専利権侵害の対比においては、発明ポイントと非発明ポイントを区別すべきではない。その主な理由は次のとおりである。一方、…発明、実用新案の専利権が侵害されているかどうかを判断する際には、発明ポイントと非発明ポイントは区別されずに包括的原則が適用される。他方、発明ポイントとは、一般的に、関連専利の請求項に含まれるすべての技術的特徴のうち、従来技術に対する当該発明の貢献を反映する技術的特徴を指す。いわゆる発明ポイントと非発明ポイントは、最も近い従来技術について言うものであり、最も近い従来技術の差異によって異なる発明ポイントをもたらす可能性があることが分かる。発明ポイントの相対性により、専利権侵害の比較において発明ポイントと非発明ポイントを区別するのは適切ではない」と指摘する。

 

   したがって、司法実務においては、対応する技術的特徴が発明ポイントであるかどうかによって技術的特徴の均等範囲の寛大さを考えるには、大きな分岐があることが分かる。

 

   本件において、最高院は一審法院による発明ポイントの認定を訂正したものの、再認定された発明ポイントに基づいて技術的特徴の均等範囲の寛大さに対する制限、又はどのように均等原則の適用に影響を与えるかについては考慮しなかった。したがって、最高院は、発明ポイントの特徴であるかどうかについて、発明者の創造的な労働の多少を考慮してより大きい又はより小さい均等範囲の保護を課すべきではないと考えているようである。

 

   筆者の考えは以下のとおりである。1つ以上の技術的特徴が発明ポイントとなるかどうかは、専利性の評価に関わるものであり、通常、専利出願の審査段階において進歩性の評価に用いられ、それ自体が定論を付けにくい問題である。そして、請求項によって限定される技術案については、異なる引用文献に対して、発明ポイントが異なることがよくある。対応する技術的特徴が発明ポイントであるかどうかに基づいて技術的特徴の均等範囲の寛大さを考慮するには、実務上問題が生じる可能性がある。したがって、発明ポイントの相対性から、専利権侵害の対比において発明ポイントと非発明ポイントを区別することは適切でない考える。

 

3.    禁反言原則と均等侵害

 

   専利権侵害の判定においては、請求項が専利の保護範囲の境界を定めるものと一般に考えられており、公衆(特に専利権者の競合他社)は、請求項の記載に基づいて自らの行為が専利権侵害に該当するかどうかを評価する。均等侵害は、専利権の保護範囲を請求項の文言の意味を超えて拡大するため、公衆が請求項の記載に基づいて自らの行為が専利権侵害に該当するかどうかを判断する確実性が低下し、請求項の公告機能が損なわれることになるため、均等原則に一定の制限を課す必要がある。禁反言原則の役割は、請求項の公告機能を確保し、公衆の利益を害することを回避するように、均等侵害の適用を適切な範囲に限定することにある。

 

   「専利権侵害紛争事件の審理における法律の応用に関するいくつかの問題に関する最高人民法院の解釈」の第6条によれば、専利権付与又は無効化手続き中、専利出願人、専利権者は請求項、明細書に対する補正又は意見の陳述によって放棄された技術案について、専利権侵害の紛争事件において権利者によってまたそれを専利の保護範囲に含める場合、人民法院はそれを支持しない。

 

   この司法解釈によれば、法院は請求項の改正によって放棄された技術案について、支持しない。請求項の限定的補正は、元の請求項に既存する技術的特徴に対する制限的補改正である可能性もあり、即ち、元の請求項に既存する技術的特徴の範囲を狭めることによって請求項によって限定された技術案の保護範囲を狭めることになる。請求項の限定的補正は、元の請求項に新しい技術的特徴を追加することも可能であり、それによって請求項によって限定された技術案の保護範囲を狭める。この二種の補正方法には禁反言原則が適用される。しかし、実際には、補正された技術的特徴がどの程度まで均等侵害に適用するかは明らかではない。

 

   本件では、関連専利に関する国家知識産権局の最初の審査意見通知書において、審査官は、「出願書類の請求項1には技術的課題を解決するために必要な技術的特徴が欠けている」と考え、伝動ロッドに関連する構造的特徴は本発明の技術的課題を解決するために必要な技術的特徴であると考えた。専利出願人の意見書には、関連専利の出願書類の元の請求項2、3、4及び5を請求項1に組み込み、権利付与されたことを示している。つまり、出願人の最初の書類において、請求項1には伝達ロッドの具体的な構造に関する特徴は含まれておらず、テコの原理の特徴の説明だけ記載されており、即ち「テコの原理を利用して、各アームの底部は同時に内側へコーナーリベットカバー金型とアングルリベットカバー金型に作用して上部カバーのスカートをリベットする」。審査官が、必要な技術的特徴が欠如していると指摘し、出願人はそれに応じて、必要な技術的特徴の欠如という欠陥を克服するように、伝動ロッドに関連する特徴(即ち、元の請求項2、3、4及び5)を元の請求項1に追加した。しかし、このような補正は、最初に要約されたテコの原理の特徴を、具体的な伝達ロッド及び関連構造的特徴に限定するものであり、伝達ロッドに関連する特徴以外のテコの原理に適合する他の解決策を排除したかどうか、つまり、侵害を訴えられた製品において、「カムをアングルアームとサイドアームの内円弧面上に上方へ移動させることで、アングルアームとサイドアームを同時に径方向外側に揺動駆動する」ことは、「専利権付与又は無効化手続き中、請求項、明細書の補正又は意見陳述によって放棄されたにも関わらず、「専利権侵害紛争事件においてまたそれを専利の保護範囲に含めた」技術案に属するかどうかは、最高院の判決書には述べられていない。

 

   2016年3月に公布された「専権利侵害紛争事件の審理における法律の応用に関するいくつかの問題に関する最高人民法院の解釈(二)」の第13条には、禁反言原則の適用範囲を限定し、禁反言原則の適用の例外として「明確な否定」の要素を追加する。即ち、専利権付与・確認の手続き中に、専利出願人、専利権者が請求項、明細書及び図面に対する限定的な補正又は陳述が明確に否定されたと証明できる場合、人民法院は、この改正又は陳述が技術案の放棄につながっていないと認定する必要がある。

 

   最高院は、(2017)最高法民申1826号の案件において、司法解釈(二)第13条に規定される「明確な否定」を更に明確にし、即ち専利権付与・確認段階における技術的特徴の審査を全面的、客観的に判断し、技術案について権利者が行った限定的な陳述が最終的に審判官によって認められたかどうか、そしてそれが専利出願の権利付与又は専利権の維持につながるかどうかに焦点を当てるべきであるとした。しかし、審理過程全体から、審理過程における関連専利の補正が国家知識産権局によって認められ、その結果、関連専利出願は権利付与された場合は、上記司法解釈における「明確な否定」に属しない。

 

4.    予見可能性原則と均等侵害

 

   一般的に、専利権侵害の判定における均等侵害の適用には、寄付原則と禁反言原則という2つの明確な制限があると考えられている。しかし、司法実務においては、均等侵害の制限にはもう一つの不文律の原則、即ち予見可能性原則が存在する。現在、専利法と司法解釈では予見可能性原則の意味が明確に定義されていないが、司法判断には既に反映されている。

 

   現在、一般的に受け入れられている解釈によれば、均等原則の予見可能性原則とは、専利権者が専利出願時に予見できて請求項の保護範囲に含まれるべき技術案は均等原則ではカバーできないことを意味する。

 

   中国の専利法と関連司法解釈には、予見可能性原則が明確に規定されていないが、北京市高等人民法院が発行した「専利権侵害判定ガイド(2017)」では予見可能性原則が明確に支持されている。このガイドの第60条では、「発明の請求項における非発明ポイントの技術的特徴、補正により形成された技術的特徴又は実用新案の請求項における技術的特徴について、専利権者が、専利の出願、補正の際に代替的技術的特徴の存在を明確に知っていたか、又は十分に予見可能であったのにそれを専利の保護範囲に含めなかった場合、侵害判定では、権利者が均等の特徴を構成することを理由に、この代替的技術案を専利権の保護範囲に含めることを主張した場合、認められない」と規定される。

 

   同時に、中国の司法実務においては、具体的な案件、特に最高人民法院の最近の判決において、予見可能性原則がかなり応用されている。例えば、北京星奥科技株式会社と太原市采薇荘園特色農業開発有限公司との間の実用新案権侵害をめぐる紛争事件(最高院(2019)最高法民申3188号)において、最高院は、「弾性支持片の等高配列の技術的特徴に関して、関連専利の出願者は専利出願の際にこの代替的特徴の存在を十分に予見可能であったのに、関連専利の請求項に記載しなかったため、弾性支持片の等高配列の技術的特徴は、関連専利の請求項1に記載された『弾性支持片の高低が交互に配列される』と均等の技術的特徴とは認定されるべきではない」と指摘する。(2021)最高法知民終192号の案件において、最高院は以下のように審理した。専利権者が専利出願書類を作成する際に関連技術案を明確に知っていたが、それを請求項の保護範囲に含めなかったため、侵害訴訟において均等理論を適用してこの技術案を保護範囲に含めることはできなくなる。専利権者が専利出願の際に特定の技術案を明確に知っていて保護していたかどうかを確認するには、明細書及び図面の内容に基づいて認定することができ、なお明細書と図面を全体として見る必要がある。判断の基準は、当業者が請求項、説明書及び図面を読んだ上での理解の程度である。
 

   本件の二審期間中、機械設計の分野において、カム構造とリンク構造が、当該分野における通常の伝動構造であることを更に証明するために、ギャランツ社は、機械原理に関する複数の教科書を含む複数の証拠を提出した。さらに、二審の公判前尋問では、大学教授2名に専門補助者として参加させ、機械分野におけるリンク構造とカム構造が相互に置き換えることができる通常の機械設計手法であるかどうかについて意見を述べさせた。二審の判決書において、合議体は、「機械設計の分野において、カム構造とリンク構造は通常の伝動構造であり、カム構造はハイペア伝動構造に属し、リンク構造はローペア伝動構造に属し、ローペアをハイペアに置き換えることもハイペアをローペアに置き換えることも機械設計の分野において通常で等価な置き換え方法である」ことと「当業者にとって、カムと内円弧面転がり接触を備えた通常のハイペア伝動構造を、通常のリンク構造のローペア構造に置き換えるのは容易に考えられる」ことから、「侵害を訴えられた技術案は係争の技術的特徴と均等の技術的特徴を有する」と認めた。

 

   上記審理で明らかにされた事実から、最高院は、出願日前に、カム構造とリンク構造が機械設計の分野で通常の伝動構造であり、カムと内円弧面転がり接触を備えた通常のハイペア伝動構造を、通常のリンク構造のローペア構造に置き換えるのは容易に考えられると認めた。予見可能性原則に従えば、侵害を訴えられた製品は、アーム上部に内円弧構造が設置されたトルク変更方案を採用し、即ち、動力工装を提供してアーム上部に上下に往復移動させ、内円弧構造によって形成されたアーム手段と中央部の厚みとの違いによるトルクの違いを利用し、アングルアームとサイドアームを揺動させて上部カバーを締め付けたり緩めたりしており、このような技術案は、出願書類の作成又は審理過程において予見可能の理由があって請求項に記載すべき内容に属す。しかし、ギャランツ社の権利付与された請求項には、この関連特徴が記載されていない。これに対し、最高院が本件において当該事実と予見可能性原則について何も述べていないことは注目に値する。

 

   予見可能性原則は、請求項の作成能力に極めて高い要求を課していることは疑いの余地もない。専利権者は予見可能性原則が均等侵害を主張する際の障害となることを避けたい場合、請求項を作成する際に技術的特徴を上位に要約し、出願日までに知っていた技術的手段を全て技術的特徴にまとめるべきである。(2015)民申字第740号の案件において、最高院は、「専利制度のさらなる普及と発展に伴い、専利権者の専利書類の作成レベルは向上し続けており、専利行政部門が専利出願書類の作成に対する要求も厳しくなり、作成レベルが低い専利に対する均等原則の保護効果は徐々に弱まっている」と認めた。予見可能性原則は、作成レベルの向上を促す効果があることが分かる。

 

   しかし、一方、専利権者が出願日までに知っておくべきすべての技術的手段を纏めるように専利権者に要求することは理想主義すぎる可能性があり、作成コストも大幅に増加し、不可能な作業にさえ考えられる。予見可能性原則が厳密に制約され、制限されていなければ、必然的に均等原則を無効にする傾向が形成される。本件では予見可能性原則が具体的に反映されていなかったが、近年の一連の最高院の判決では、それが大きな威力を有することは明らかであるため、専利権者、弁理士及び弁護士は、最高院が低レベル専利に対する均等原則の保護作用を下げる希求を実行するように、この原則をより重視し、出願書類の作成レベルを向上させて請求項の補正時にはより慎重な態度をとらなければならない。

 

まとめ

 

   2001年に中国で均等原則が初めて制定されて以来、20年あまりの司法実務を経て、最高人民法院は司法解釈と豊富な司法判例を通じて「3つの基本的同じ+自明性」という均等原則の適用条件、適用範囲及び適用方法を徐々に細分化し、同時に、重複指定排除原則、修正侵害原則、包括的原則、寄付原則、禁反言原則、意図的排除原則、予見可能性原則などの明示的・非明示的原則により、均等原則の適用に必要な制限を課している。専利権者に有効な法的保護を提供し技術革新を奨励するとともに、専利権の保護範囲が十分な法的確定性と予見可能性を備えていることを保証し、公衆の合法的権益を保障することが目的である。したがって、均等侵害の過度の適用を防止するように均等原則に必要な制限を課すことは、中国の司法実務において重視され、検討されてきた方向でもある。一審判決の判決書には、「均等侵害の判断は、単に技術的特徴の手段、機能、効果を比較すべきではなく、即ち簡単に技術的手段が「異なる」というだけで均等とは認めないことはできない。「基本的に同じ手段」と本技術分野において「創造的な労働を要せずに容易に思いつくことができる特徴」に属するかどうかは、やや主観的な場合が多い」と述べられる。しかし、著者は、継続的な司法実務、経験の積み重ねと理論的議論を通じて、いくつかの効果的な原則と規則を徐々に探求して一般化し、司法基準を向上させ、判決の主観性を最小限に抑え、客観性と予測可能性を高めることにより、専利権者を十分で適切に保護し、科学技術の進歩と社会的公平性を実現するという目的を達成することができると信じている。

 

 

著者プロフィール:

 

   王勇先生は、1991年に上海華東師範大学コンピュータ科学専攻を卒業した。1994年に中国科学院計算技術研究所で、修士号を、2005年に中国人民大学で法学修士号を取得した。

 

   1991年から2006年12月まで、中国特許代理(香港)有限会社で電気部の経理を担当していた。2007年1月から弊所にパートナーとして加入した。


   王勇先生の業務範囲は、主にコンピューター、通信技術、半導体装置、自動制御、家用電気なの分野にに及んでおる。特許出願書類の作成、審査指令の応答、再審請求、無効審判、特許行政訴訟、権利侵害訴訟、集積回路のレイアウト保護、コンピューターウェアー保護などの方面に豊富な経験がある。

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